室生犀星「幼年時代」 #4
私はよく母の膝に凭れて眠ることがあった。
「お前ねむってはいかん。おうちで心配するから早くおかえり。」と父がよく言った。
「しばらく眠らせましょうね。かあいそうにねむいんですよ。」
母のいう言葉を私はゆめうつつに、うっとりと遠いところに聞いて、幾時間かをぐっすりと睡り込むことがあった。そういうとき、ふと眼をさますと、わずか暫く睡っていた間に、十日も二十日も経ってしまうような気がするのであった。何も彼も忘れ洗いざらした甘美な一瞬の楽しさ、その幽遠さは、あたかも午前に遊んだ友達が、十日もさきのことのように思われるのであった。
母は私のかえるときは、いつも養家の母の思惑を気にして、襟元や帯をしめなおしたり、顔のよごれや手足の泥などをきれいに拭きとって、
「さあ、道草をしないでおかえり。…